【取材日記】市原米沢の森を考える会

更新日:2021年05月11日

内田地区で地域の自然保護や歴史文化の伝承、里山の保全整備などを行っている『市原米沢の森を考える会』代表の鶴岡清次(つるおかせいじ)さんにお話しを伺いました。

『市原米沢の森を考える会』が整備をしている米沢の森には、菜の花や初日の出の名所としてたくさんの人が訪れていますが、今回、訪れたのは米沢の森ではなく、宿にある谷津田です。

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地域おこし協力隊の院田悠生さん(左)と鶴岡代表(右)

谷津田の整備を始めたきっかけについて、鶴岡代表は、「会の設立当時は米沢だけの整備でしたが、その後、内田のすばらしいところは、江戸時代に栄えた米沢、真ヶ谷、宿。谷津田もすばらしいところなので、今は、宿谷津の整備に力を入れています。5年前に千葉県主催の景観まちづくりフォーラムで、内田の古道を歩いたり、この谷津田を見てもらったり、米沢の森も見てもらいました。100人の募集に180人が集まり、たくさんの人にこの谷津田の景色はすばらしいと言ってもらいました。以前は黄金色に実っていた谷津田。この谷津田を再生、利活用していこうと決めました」。

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この一帯も、元々は背丈の倍くらいあるヨシに覆われていて、そのヨシを刈り込む作業は大変だったそうです。

この谷津田は80ヘクタール、80町歩あり、今は4分の1が耕作されています。

そこへ一昨年の台風。

「杉の大木が、田んぼに20本ぐらい倒れ込んで、自分たちで切ったりしても動かせませんでした。そこで重機を借りてきて、それでも片付けられないで、業者の力も借りました。現在は、約1.2ヘクタールを耕作していますが、台風がなければ、もう3ヘクタールは田んぼに近い形になっていたのではと思います。耕作放棄地の解消は1、2年ずれこんでしまったというのが現状です。やること自体は地道な作業になりますけれども、継続していれば、いずれは本来の谷津田が再生できると確信しています」と鶴岡代表はくじけません。

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谷津田のシンボルツリーになっている一本柳

地道な活動に助っ人が登場しました。

地域おこし協力隊の院田悠生(いんだゆうき)さんです。

千葉から牛久に移住してきた院田さんは、この森には古道や石仏があって、歴史や文化が残っているということを理解し、仲間たちと一緒にこの谷津田に通いつめて、作業を手伝っています。今では、刈払い機とチェーンソーを扱い、トラクターも運転している院田さんは、
「トラクターを運転するどころか、こちらに移り住んでからはじめて車を所有して、通わせていただいています。初めてのことは、おもしろいですし、鶴岡代表が教えるのが上手です。私も昨年まで小学校の教員をしていたのですが、教えてもらうというのも毎日勉強になっています」と話し、鶴岡代表も院田さんのことを、教えることのできる本当に力強い方と話してくれました。

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これからの活動について鶴岡代表は、「これから先、子どもたちの体験・学習の場にしていきたいです。今までも、文化の伝承ということで、三世代が集う米作り体験(手で植えて、手で刈って、最後は新米を食べるイベント)を実施していましたが、現在は、コロナの影響で開催できていません。でも、いつでも再開できるように準備はしています。整備する側からすれば、ここでイベントができる、子どもがにぎわえる場所になればという思いが励みになっています。日本中で過疎化や限界集落化などが問題になっていますが、一昔前まで考えれば、やはり農業が地域を守ってきました。少しでもモデルケースとして、この宿谷津、大木谷津を整備できればいい。ここは生き物もいる、歴史や文化のある森に囲まれている、水が湧き出ている、本当にすばらしいところということをPRしながら、できれば観光資源になるように力を入れていきたい。以前、東京で『自然を守れば自然に守られる、人間は自然に守られている』という講演を受けましたが、ここで整備をすることで感じ取れるし、みなさんにも宿谷津を知っていただければありがたいです」と話してくれました。

みなさんもメダカが泳ぐのどかな宿谷津を訪れてみませんか。

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